大津地方裁判所 平成6年(行ウ)7号・平6年(行ウ)8号 判決
事実及び理由
第五 争点に対する判断
一 争点一の1(収用対象土地の特定)について
1 〔証拠略〕(本件収用裁決書)によれば、収用対象土地は、その主文において、所在滋賀県蒲生郡竜王町大字岡屋字岩井、地番三三〇一番二、地積実測四、〇二五・七一平方メートルの土地と表示されており、また、地積測量図が添付されているところ、原告は、当該地積測量図は作成者等が不明である。また当該主文及び図面のみでは、現場において収用対象土地の所在及び範囲が再現できない旨主張している。
2 しかしながら、土地を特定する場合においては地番をもって足りるというべきであるから、地番が明記されておれば、主文が収用対象土地の不特定故に違法となるとは解されない。
3 もっとも、土地収用は、現場において事業計画のために必要な土地を収用するものであるから、現場においては収用対象土地が必ず特定されるものでなければならず、また、その現場における収用対象土地を前提にして収用裁決手続は進行していくものである。
そこで、この点について検討するに、〔証拠略〕によれば、被告滋賀県収用委員会は現地調査の結果、調査対象を、蒲生都竜王町大字岡屋字岩井三三〇一番二とした上で、その添付の図面によって収用対象土地を指示しているところ、当該図面中には、境界標の記載があり、現地において境界標の存在も確認されていることから、右図面は現地において復元可能であり、また〔証拠略〕によれば、既に昭和五二年八月二二日、現場において、被告竜王町の職員林吉孝と原告の夫瀬戸信義が杭により境界を確認し、さらに、〔証拠略〕によれば、平成五年六月二五日、同様に現場において、被告滋賀県収用委員会が、右瀬戸信義の立ち会いの下、境界杭を確認しているのであるから、現場においては、右図面によって指示された収用対象土地の所在及び範囲は、特定されている。
そして、右現場における収用対象土地に対しては、本件収用裁決手続中、原告以外に所有権を主張するものはおらず、また、原告も、地番三三〇一番二の土地所有権を有することを前提にして、当該収用対象土地全体に対して所有権を主張している。
以上によれば、主文において地番三三〇一番二と明記された土地は、右現場における収用対象土地を指しているものと認められ、本件収用裁決における収用対象土地は、十分に特定されているというべきである。
4(一) この点、原告は、裁決書添付の地積測量図は作成者等が明記されていない点を指摘するが、右地積測量図は、被告竜王町が作成した土地調書図面と同一のものであり、さらに、その土地調書図面は、被告竜王町と原告との間で成立した調停の調書添付図面に基づいたものであることが認められる(〔証拠略〕)。
そして、調停調書添付図面の成立については、原告の夫瀬戸信義が、図面すら見たことがない旨供述しているけれども、原告はその成立を争っておらず、また、特に信用性を否定する事情も認められないのであるから、図面の正確性に問題があるとは認められず、原告の指摘は前記認定、判断を左右するものではない。
(二) さらに、原告は、右調停の錯誤無効により地番三三〇一番二の土地は、本件収用対象土地ではなくなるので不特定となる旨主張するが、右錯誤無効により現場における収用対象土地が変わるものでないことは明らかであり、また、主文において、地番三三〇一番二と指示された土地が、収用対象土地を指すものでなくなるわけでもない。また、原告は、収用対象土地以外にも地番三三〇一番二の範囲が及ぶ旨主張するが、仮に収用対象土地以外にも同地番の範囲が及んでいたとしても、その事実から、本件収用対象土地が、現場において特定できないものとなるものでもない。したがって、これらに関する原告の主張は理由がない。
二 争点一の2(土地調書作成の違法)について
起業者は、土地収用裁決の申請をする場合には、土地調書を添付しなければならない(法四〇条一項三号)。そして、土地調書を作成する場合においては、土地所有者に立ち会わせた上、土地調書に署名押印させなければならない(法三六条二項)。しかしながら、土地調書は、証拠方法にすぎないので、収用委員会は、その土地調書の作成手続に瑕疵がある場合においては、申請を却下することなく、独自の調査に基づき裁決することもできると解される。
これを本件についてみると、〔証拠略〕によれば、被告滋賀県収用委員会は、独自に原告に対し立ち会いの機会を与えた上、平成五年六月二五日、原告の夫瀬戸信義立ち会いの下、現地調査を行い、それに基づいて収用裁決を行っていることが認められる。したがって、原告主張の瑕疵の有無について判断するまでもなく、本件収用裁決の違法は認められない。
三 争点二(補償金の額)について
1 起業者は、土地を収用することに因って土地所有者が受ける損失を補償しなければならないが(法六八条)、その補償金の額は、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額とし、その修正率は、政令で定める方法によって算出するものとされている(法七一条一項)。
そして、右相当な価格の評価基準については、公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和三七年六月二九日閣議決定、のち改正)が、取得する土地に対しては、正常な取引価格をもって補償するという前提のもとに(七条一項)、「正常な取引価格は、近傍類地(近傍地及び類地を含む。)の取引価格を基準とし、これらの土地及び取得する土地の位置、形状、環境、収益性その他一般の取引における価格形成上の諸要素を総合的に比較考量して算定する(八条一項)。第一項の規定により正常な取引価格を定める場合においては、一般の取引における通常の利用方法に従って利用し得るものとして評価するものとし、土地所有者がその土地に対して有する主観的な感情価値及び土地所有者又は特定の第三者がその土地を特別の用途に用いることを前提として生ずる価値は考慮しないものとする(同条四項)。」と定めており、この要綱は、一応の解釈基準となるものである。
そこで、これを本件についてみるに、甲七によれば、被告滋賀県収用委員会は、本件収用裁決において損失補償についても判断しているところ、それによれば、収用する土地地区の価格の動向、近傍類地の取引価格及び被告滋賀県収用委員会が現地調査した本件土地の価格形成上の諸要因並びに不動産鑑定士による鑑定評価等(〔証拠略〕)を総合的に勘案した結果、事業認定の告示があったものとみなされる日である平成四年一二月一五日における本件土地の価格を一平方メートル当たり七〇〇〇円と評価するのが相当であると判断した上で、起業者が一平方メートル当たり七八〇〇円と見積もっているので、その価格を本件土地の価格とし、収用する土地の面積及び価格固定の日から権利取得裁決時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た金額三一、七一四、五四三円としていることが認められる。
そして、〔証拠略〕によれば、<1>起業者である被告竜王町は、近傍類地の買収事例及び不動産鑑定士による鑑定評価(丙七、八)等を総合的に勘案して算定し、一平方メートル当たり七八〇〇円と見積もっていること、<2>本件土地の現況は、雑木等が成育する市街化調整区域内の山林(土取り場跡地)であり、道路との設置関係については、本件土地の南端で、二メートル程度の未舗装私道部と一部接面する他に、何ら接する道路は存在しておらず、近い将来に確実に本件土地に接する幹線道路が設置される見通しはないことが認められ、右事実に照らせば、被告滋賀県収用委員会の右評価は十分にその合理性が認められるというべきであるから、原告の第二事件の請求は理由がないというべきである。
2(一) この点、原告は、被告竜王町は将来本件土地に隣接して幹線道路を設置すると約束したのであるから、土地の評価に当たっては、幹線道路に接し、宅地として利用できることを前提にすべきであると主張している。
しかしながら、相当な価格を補償すべき場合においては、正常な取引価格によるべきであり、その評価をするにあたって、物理的状況については、裁決時の現況によるところ、右に述べたとおり、本件土地は幹線道路に接しておらず、将来確実に設置される見込みもないのであるから、原告の主張は、右約束の有無にかかわらず考慮されるべき事情とはならず、また、仮にその約束があったとしても、その事実により生じた損害が、収用により生じた損害とは認められないというべきである。このことは原告提出の〔証拠略〕中にすら、現実に無い道路をあるものとして評価すること及び建物が建つと想定して評価することは妥当でないと明記してある上、幹線道路の有無によって、土地の価値が全く異なるものとなるとの指摘もあるところである。
したがって、原告の右主張は理由がない。
(二)さらに、原告は、仮に右約束を前提にしなくとも、本件土地は一平方メートルあたり五五、〇〇〇円を下らないと主張し、それに沿う証拠として甲二八を提出している。
しかしながら、甲二八における右評価は、造成後の更地価格について判断したものであり(〔証拠略〕)、本件土地の正常な取引価格を示したものではない、同証拠中には、正常な取引価格として、一平方メートル当たり七千円と結論付けられている(〔証拠略〕)。
したがって、この点に関する原告の主張も採用できない。
(三) なお、念のため、原告が主張する被告竜王町との約束の有無について判断する。
この点について、原告の夫証人瀬戸信義は、昭和五五年七月三〇日に成立した調停の席でも、現場に行った際にも、原告土地の面積は減るけれども、名神高速道路竜王インターチェンジから八日市方向に通じる道路ができるという説明を被告竜王町職員から受けた旨証言している。
しかしながら、<1>調停が成立する経緯について、右調停当時、原告、峰松弘子ら他一名及び被告竜王町との間では、それぞれが所有する土地の境界が不明確であったこと、同人らが所有する土地地域はいわゆる縄のびのある土地であり、その総面積は合計にして公簿面積の約一・一三倍であったこと、右調停においてはそれぞれの土地の範囲が問題となり、原告は公簿面積を超える四三三一平方メートルを主張していたところ、右調停成立の結果最終的に公簿面積二六〇五平方メートルの約一・五四五倍の約四〇二五平方メートルを得た一方、被告竜王町は公簿面積どおりの土地を得るにとどまったこと、本件土地地域は、右調停当時既に市街化調整区域に指定されていたため、法律上の建築制限を受ける土地であったことが認められること、<2>右調停調書(〔証拠略〕)には、原告主張の約束や道路計画について全く記載がなく、また、そのような道路計画があったと認めるに足りる証拠は全く存しないこと、③被告竜王町の担当職員として右調停に出席した証人林吉孝は、原告主張のような約束はなかった旨証言しているところ、<1><2>に認定した調停の経緯、結果、当時の本件土地の公法上の規制の存在等に鑑みれば、被告竜王町が、本件土地に接して幹線道路を設置するという計画がないにもかかわらず、そのような約束をしなければならない必要性は乏しく、林証人の証言の信用性は高いものと認められることに照らせば、瀬戸信義証人の前記証言は信用できず、他に原告主張の約束の存在や、原告が右調停において、そのような動機を表示した事実を認めるに足りる証拠はない。
(四) 以上のとおりであり、補償の増額を認めるに足りる事情はないのであるから原告の主張は理由がない。
第六 結論
よって、原告の各請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鏑木重明 裁判官 末永雅之 小西洋)